02/21: 田子の浦
富士市田子の浦。
万葉集の中でも名歌とされる一首で詠まれた地である。
田子の浦ゆうち出でてみれば真白にそ
富士の高嶺に雪は降りける
今でも素晴らしい景観だが、遮蔽物もなく富士の裾野が遥々と見渡せる中、降るつもりいく雪はいかに素晴らしいものであったであろう。
現実に歌の詠まれた地がどこであったかの論争はあるようだがそれでも田子の浦港は懐かしく優美な詩歌の故郷であると思う。
02/14: 花の季節
2月ももう半ばだ。誠に時の流れははやい。
冷たい雨の降る日もあれば少し南風を運んでくる雨の降る日もある。
でも「ひと雨ごとに春の気配が云々」という雨には、まだ少し遠そうだ。
ここ数日新聞に、河津桜や富士岩本山の梅林の話題が採り上げられている。
少しずつカメラにはまりつつあるおじさんには例年になく花の季節が待ち遠しい。
02/03: 政治談議
被災地の廃材処理問題が揺れている。
「痛みは皆で分かち合い支援できることは支援してやれば良いではないか。」と思っているので各地の騒動が今一つピンとこなかった。
先日神奈川県の某所での行政と市民との間の説明会の様子をTVで見たが反対派が多数参加する中、その主張は「政府のやることは全く信用できん」ということだった。
環境への影響を懸念しながら「誰が責任を持つのか」という発言を聞いていると至極尤もなことと思う。政治への信頼の揺らぎが国家への信頼への揺らぎへとストレ-トにつながっている。
昨日沼津市内の喫茶店で食事を採っていると隣席で相当高齢と思われるおばさま二人が声高に政治を論じていた。聞くとはなしに傾聴する形となったが、その論舌の鋭いこと脱帽であった。小泉前首相と大阪の橋下市長の比較論、維新の会がキャスティングボ-ドを握った時の期待と怖さについてのやりとりなどは誠に聞き応えがあった。
おばさま二人離席の後、店を後にすることとなったので随分長いランチタイムとなってしまった。
01/28: 名湯めぐり
静岡も冷え込む日が続く。
もっとも北国、豪雪地帯の人たちの苦労には比ぶべくもないが。
この冬は入浴剤にはまってしまった。
頂戴した「バスエッセンス」を使い続けるうちに、香りや色味の無い風呂がいたく味気ないものと思うようになった。
現在「露天の宿」という入浴剤を毎日使っている。有馬、草津、別府、箱根、登別の5つの名湯のエキスがそれぞれ4パックづつ計20パックはいっている。
一番のお気に入りは別府だ。白濁した色味といい香りも好ましい。
九州の出とはいえ未だ別府の湯に浸かったことはなかったので嬉しい発見でもある。
01/14: 時代劇
NHKで時代劇が激減していることをとりあげていた。
現在放映されているのは民放の1本だけらしい。
我々が日頃目にするのも再放送ばかりだ。
時代劇フアンは高年齢層に偏っているが、世代として購買力が弱いのでスポンサ-が嫌っているとの分析であるが残念ながら的を得た見解だろう。
月曜日に夕方7時からBSフジで「鬼平犯科帳」が再放送されているが何度見ても素晴らしいと思う。ワンカット、ワンカットの美しさといいい全編に醸し出される緊張感が見事だ。中村吉右衛門のような実力派俳優が存在することを知り得たのも嬉しいことだと思う。
時代の流れや景気の低迷で古き良きものが忘れられ冷遇されつつある現状は残念である。
01/04: 年明け
新しい年も瞬くうちに過ぎてゆく。
箱根駅伝の2日間だけが新年の盛り上がりのようだ。
雑誌、新聞も本来の発刊態勢となってきたが、明るい論調は少ない。
政治に続き資本主義も金融資本主義に変貌を遂げたことで破綻寸前とあるが、実感が伴う。
年金ももらえるのであろうか。その前に「円」が紙くずになるやもしれない。
日刊ゲンダイに「これから先進国は日本のように長いトンネルにはいってゆく。その日本は20年間マイナス成長でも暴動は起きていない。気が付いたら日本が世界の先端を行っているかもしれない」とあった。
ぼちぼちの一年で良いが国債暴落などで世の中が滅茶苦茶になり国民が悲嘆を被らぬ年であって欲しいものだ。
12/31: 期待
12/19: ポスティング
ポスティングで大リ-グ入りを目指した日本人野手の評価が低い。
西部中島、ヤクルト青木と2億にも満たなかった。青木などはイチロ-に近い活躍をみせそうな気もするので評価の低さは意外である。
昨年ロッテからツインズに移籍した西岡が「自分の活躍で日本人野手の評価の低さを覆す」と豪語したが開幕早々ずっこけたことで一段と日本人野手の評価の低さに拍車がかかったようだ。皮肉なことである。
莫大な入札額でメジャ-入りした井川もヤンキ-ス傘下のマイナ-で相変わらず冴えない実績だが来年以降もメジャ-というスタンスは変わらぬようだ。
旬の時期を無為に過ごしているようで誠に勿体ないことだと思う。
12/13: 真央ちゃん
真央ちゃんのお母さんが亡くなられた。
21歳での母との死別はどんなに辛いことだろう。
この半年、容体の良くない母と暮らしつつ名古屋を離れる時は「これが最後か」といつも思っていたそうである。笑顔の裏に隠された苦悩を思うと言葉もない。
今日の新聞には「母はいなくなったが、より身近に母を感じる」とのコメントがあった。
23日からの全日本選手権への出場を真央ちゃんは表明した。
表彰台の最も高い場所で輝くメダルを受け取って欲しいものだと思う。



